本と旅とそれから 「トロン」(DVD)

本と旅とそれから

「トロン」(DVD)

「トロン」という映画のことは、1982年の公開時点から知ってもいたし見たい気持ちがないわけでもなかったのですが、何となく――見逃してたんですよねー。
というか・・・もしかして今さら見なくてもいいんじゃないの、という気になってたのかも。

それが続編が作られたんでちょっと驚いて、それならまずもともとの「トロン」を見てから「レガシー」も見てみようかいと思ったところが、甘かった。
「レガシー」公開少し前からこっち、近所のレンタルショップの「トロン」はずーーっと貸し出し中。
ようやく借りられたと思ったら、今度は「レガシー」がもうほとんど上映が終了しておりました。
こちらもまたDVDになるまで待つといたしましょう・・・とほほ。
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「トロン」(DVD)

ちょっと目につらい感じの映像というか。
いかにもデジタル・ワールドという感じですね。
1982年というのは、ちょうどスター・ウォーズの最初の3部作やスーパーマンが大人気だった頃なんですね。
つまり、SFといえば宇宙って感じだった頃。
それにしても――1982年って、もう今から30年前のことになるんですか!
うぅむ・・・。

どんなストーリーだか全然知らずにとりあえず見始めたのですが、最初は状況設定がよくのみこめず、ぼーっとしちゃいました。現実世界とコンピュータ・システム内の世界がパラレルしてるというのは何となくわかったんだけど、説明抜きでいきなり話が始まるので・・・。段々わかりますが。

わかってみればストーリーはシンプルです。
システム内に君臨する独裁者=マスター・プログラムに、トロンという名の正義の騎士的プログラムが立ち向かう、そこになぜか現実世界から飛び込んだ、天才システム・エンジニアが助勢する。

ふと思えば、「スター・ウォーズ」第1作と似てますね。
どちらもヒーロー二人にヒロイン一人だし、マスター・プログラムを破壊すべくその懐に飛び込んで行くトロンの姿は、デス・スターに潜入するルークとかぶります。現実世界から飛び込んだフリンのキャラは結構ハン・ソロだし。

話はそれますが、1993年に公開された映画で「ペリカン文書」というのがあります。
ジョン・グリシャム氏原作の、法曹界を舞台にしたサスペンスものなんですが、確か・・・この中で、事件の鍵となる情報を巡って、コンピュータ・システム内で、データを消してしまおうとする敵方と、それを奪おうとする味方の間で攻防が繰り広げられるシーンがあるんです(この映画だったと思うんですが)。

そこでもコンピュータ・プログラムが擬人化されていて、懸命にファイルを探す味方に対し、圧倒的かつ暴力的にデータベースを破壊する敵方のプログラムが段々と近づいてきて・・・というシーンが、迫力あってドキドキしたのを思い出しました。「ペリカン文書」は、映画を見た後で原作も読んだのですが、物語をまるで覚えていないのに、映画のそのシーン(確か原作にそうしたシーンはないのです)だけはよく覚えているのでした。

まったくの余談です。「トロン」の映像とは似ても似つかないものなんですが。

この、現実と仮想の世界がパラレルするという設定は、「マトリックス」シリーズなんかもそうだったけど、かなりややこしくて、わかったよーなわからんよーな感覚が軽い居心地の悪さを覚えさせたりもするのです。でも一方、それが意図的に使われた不協和音のようでもあります。

1982年当時、コンピュータの世界とはどんなものだったのでしょうか。
インターネットもウィンドウズもなかった、自分用のPCを持っていた人もごく限られていたはず、ぐらいのことしか想像できないなぁ。
ともあれ、そんな中での「トロン」。公開当時に映画館でこれを見た人はどんなふうに思ったのかしら。
大体ワタシなぞ、「トロン」の中で、プログラムを書いた人が「ユーザー」と呼ばれることさえピンときませんでした。この当時は、プログラムとは、使う人が自ら作るものだったんでしょうかね。

30年前の世界で、「トロン」はどんなSFだったのでしょうか。
そして、30年後に作られたその続編はどんな――は、あと1年ぐらいしたらわかるのかしら。
ホントに今回はタイミングを逃しました^^;。


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  1. 2011/02/15(火) 22:30:00|
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おひさしゅう~

えー、30年前になっちゃうの?月日は百代の過客にして・・・イヤイヤ) すごい久しぶりにブログ辿ってます。お元気でしたか?無節操&無造作なSFファンであるぐんさんに言わせなさいー!プログラムが自我を持つという設定、これがトロンのミソです。人間が神を崇めるようにプログラムは自分の創造主であるユーザーを崇めます。3次元の住人が4次元を理解できないように、創造主は存在したとしても必ず理解できない。我々人間が神様っているのかなって朧気に思うこと、それを自我を持つプラグラムの思いに置き換えたとき、単に0と1の組み合わせと集積でしかない回路の世界でも、ひょっとしたら何かが我々ユーザーに思いを馳せているのかもしれないと、ちょっと不思議な気分になりませんか?それがトロンのファンタジーです。
  1. 2011/02/16(水) 01:21:02 |
  2. URL |
  3. ぐん #-
  4. [ 編集 ]

ぐんさん、

お久しぶりでございます~(ただ今、出先にてケータイでコメント書いてます。ノロいです)。
そもそも、ぐんさんのブログで「トロン」の続編の話を初めて知った時点でレンタルショップに行っていれば、すぐに借りられて、「レガシー」も映画館で見られたかも知れないですよねー。しかし、「レガシー」は選択の余地なく、すべて3Dだったんですか?
プログラムが自我を持つ…て、そんなに目新しかったんでしたっけ。コンピュータが自我を持つ、ていうのはありましたよね。「2001年宇宙の旅」なんかも確かそれっぽかった気が…うろ覚えなんですが。
プログラムとコンピュータは別モノ扱いかしら。
でも、人間と神の距離感を、プログラムとその製作者の間に想像なさるとは、面白いです。ネアンデルタール人には時間の概念が理解できなかったが、クロマニョン人にはそれができて、この二者は過去の一時期、地球上に共存していた…というのは、「大地の子エイラ」の世界設定だったかなぁ。科学的に事実なのかどうかわかりませんが…。何が言いたいかというと、そのネアンデルタール人とクロマニョン人は、同じ大地に立って同じ景色を目にしていたとしても、実は全然違う世界を認識していたんだろうな、というようなことでして。
ケータイ入力にはムツカシすぎる話題かもっ。またいずれあらためまして…。
  1. 2011/02/17(木) 00:00:33 |
  2. URL |
  3. lazyMiki #-
  4. [ 編集 ]

そそ

プログラムはアルゴリズム、コンピューターはハードウェア。自我を持つハードウェア的なはなしも勿論好きですが、モノを対象にすると漠然としてしまうんですよね。より寓話的になるというか、サルカニ合戦でウスがしゃべるのと同じになっちゃうっていうかw
  1. 2011/02/17(木) 02:18:54 |
  2. URL |
  3. ぐん #-
  4. [ 編集 ]

ぐんさん、

プログラムという形を持たないものを擬人化…あー、確かに、それに類する話をすぐには思いつけないかなー…。コンピュータも、プログラムを複数集めて何かに入れれば同じじゃないかという気もしますがーーいえ、同じではないというのもわかります。映画「A.I」なんかも後者の例なんだろーな…。このタイプは結構いろいろあるのかしら。でもホント、その辺までくると、SFなんだかFTなのか、科学なのか魔法なのかわかりませんねぇ。
  1. 2011/02/17(木) 22:37:09 |
  2. URL |
  3. lazyMiki #-
  4. [ 編集 ]

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