本と旅とそれから きのね/宮尾登美子

本と旅とそれから

きのね/宮尾登美子

そこそこ読んでいたつもりが、代表作でまだまだ読んでいないもののあった宮尾作品。それをひとつひとつつぶしてきましたが、有名な作品はそろそろカバーできたかな?あ、あと「陽暉楼」くらいか。

ここのところ、京都を舞台にした宮尾作品の大作を続けて読んできましたが、「きのね」は、江戸歌舞伎の華・十一代目市川團十郎・・・の妻、千代の生涯を追った物語。
例によって、市川團十郎は松川玄十郎(本名・雪雄)、千代は光乃と名を変えて登場します。
「きのね(上)」「きのね(下)」

きのね(上)(下)/宮尾登美子
(新潮文庫)


今年2月に急逝された團十郎さんは十二代目。物語に登場する玄十郎はそのお父様、光乃はお母様がモデルになっています。
檀ふみさんの文庫版あとがきによれば、宮尾さんが小説に取り上げたい旨を最初に伝えたとき、團十郎さんサイドはよい顔をしなかったとか。
歌舞伎についてまったく疎い私はちっとも知りませんでしたが、十一代目は生前、突然舞台を休演したり人間関係でトラブルを起こしたりすることがよくあったのだそうですね。小説でも、そうした彼の性格については詳しく描かれています。特に、妻に向かって癇癪を爆発させるくだりは、今ふうに言えばDVそのもの。美貌と美声(と、もちろん名演)で有名だった歌舞伎界きっての人気役者のそうした一面を描かれるのは、身内としては抵抗があったのでしょうね。

十一代目を襲名してわずか3年半、56歳の若さで亡くなるという、まさに太く短くの人生。
戦争の時代を経ているので、歌舞伎界での苦労だけでなく、動乱の時代にも立ち向かった、何と言いますか、よくも悪くも派手な人生が描かれています。
その陰で、光乃はひたすら耐え忍び、そして雪雄(=十一代目)を支え続けます。梨園や花柳界の出身者が多い大物役者の妻たちの中にあって、彼女はしがない女中の出。物語の前半は、女中の光乃が、身分違いの「坊ちゃま」に密かに恋い焦がれ、かといって何を望むこともできぬままただただ尽くす姿が描かれます。

この時代の、気の遠くなるような忍従の日々がすごい。
ただでさえ、歌舞伎界というところは、世の中一般と比べて古いしきたりがしっかり活きているところらしいですからねー。「身分違い」というコンセプトがはっきりしていて、何より光乃本人がその考えにどっぷり浸かっています。

光乃を妻とする前に、雪雄は別の女性との間に子供二人をもうけ、さらに正式に結婚もします。
光乃はそのたびに、嫉妬に苦しみ、自分の心を押し殺したまま、雪雄の妻や愛人の世話をしなくてはならなくなります――坊ちゃまの使用人なので、そうするしかありません。

光乃という女性の性質がそうだからというのもあるのでしょうが、やはりこれは、世の女性を端から虜にした人気俳優の魅力が大きいんじゃないかしら~。
どんな英雄も、召使の前では英雄ではいられない、みたいな格言があったと思います。人前ではどれだけ美しい姿を見せていても、人気役者も人間ですから、家に帰ればパンツ一丁でぐでーっとするでしょう。それどころか、小説に描かれる雪雄はとんでもない癇癪持ちで、何の落ち度もないか弱い女性相手に暴力を振るったりするのです。文字で読んでいるだけだと、私などは「こんな男、許せん!」って気になりますが、それでも光乃に「でもこの人とは離れられない」と思わせるだけの魅力をそなえていたんでしょうね、十一代目。

まあ、殴られようが蹴られようが、果ては殺されようが、あのお方の妻にしてもらえるなら悔いはありません!みたいな人はいそうですね・・・。

光乃より古くから雪雄のそばに仕えている、いわば守り役的な存在の太郎という人物が登場します。
もとは雪雄の実父・宗四郎(モデルは七代目松本幸四郎)の車夫で、子供の頃から雪雄を世話し、雪雄に尽くす太郎は、やがて光乃にとって得難い理解者になります。太郎は心から雪雄を愛しているのですが、彼もやはり使用人という自分の「身分」に縛られたまま生涯を終えるのでした。

古風な「主従関係」です。でも、何ともいえない感動を与える人間関係でもあります。
実の親子でもここまではできまい、という献身を見せながら、どこまでも主家の迷惑になるまいと日陰の身を貫こうとするその姿勢――傍目には哀れかも知れなくても、太郎はそれで幸せなのに違いない。
ひたすら「愛した」その姿には胸うたれるものがありました。

その点、とうとう妻としての地位を手に入れた光乃は、日本昭和バージョンのシンデレラなのかも知れません。あの耐えて耐えて耐え続けた彼女の姿勢、あれは一種の才能です。光乃は、長い年月をかけ、実績をもってその「才能」を雪雄に認めさせ、雪雄はそれを愛したということなのでしょう。

舞台があり、そのための稽古があり、関連の行事や業界の付き合いがある。こんなに忙しい日々を生きていたら、そりゃあ長生きなんてできないのじゃないかと思えます。人気役者であればこそ、芸を極めようという努力をひと一倍すればこそ、常人の一生の何倍分ものエネルギーを、短い一生のうちに費やしてしまったという感じです。
そんな常人離れした人に魅せられた光乃の、その人に寄り添った人生というのもまた、別の意味で常人離れしたものになったのですね。

今の海老蔵さんもいつか團十郎(十三代目)になられるんでしょうけど、確かにあの方の風貌などTVで見ると、それだけで常人離れしているという印象です。人生の方もどうやらすでに常人離れしてるみたいだし。
一生に一度ぐらい、彼の「助六」とか「勧進帳」とか、見ておきたいものです――きっと迫力でしょうね!

そして、迫力のある小説でした。


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  1. 2013/10/03(木) 22:00:02|
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