若い娘の視点から描かれた「古都」から一転、「山の音」の主人公は、60代の初老の男性。
刊行されたのは昭和29年、それに先立って雑誌に断続的に掲載された作品ということなので、「山の音」は戦後比較的すぐに書かれたということになります。
山の音/川端康成(新潮文庫)ここに描かれるその60代男性・信吾は、「死」にも「女性」にも多いに思うところある、年老いているかと思えば元気でもある、なかなかに複雑な人物。
彼を中心にその家族の物語が淡々と展開していくわけなのですが、川端氏の語り口はさらりとしていて、香り高い自然描写
なども織り込まれているために重苦しさも感じずに読めるものの、今どきならばきっと「どろどろした人間模様」とでも呼ばれそうなものが、実は描かれていると思います。
そして、書かれた年代が年代なだけに、物語は戦争の影を引きずってもいます。
どろどろしたものや暗いものを描く一方で、美しく可憐な存在をも描く。
そのどちらもが、とても奥ゆかしい雰囲気を漂わせた文章で綴られ、ひとつの物語世界の中に混在しているのですが――。
ノーベル賞作家の作品ですから、各国語に翻訳されて世界中で読まれているのだろうと思うのですが、この表現の奥ゆかしさ、文章の香り高さといったものが、外国の人にどれだけ伝わるものなのでしょう(あ、これは否定ではなく、純粋な疑問です)。
ことさら、その後の物語の展開する方向を示すこともなく、ハッピーエンドでもアンハッピーエンドでもなく、「山の音」はラストを迎えるのですが、そのラストは何とも言えぬ寂しさを漂わせているように思えました。

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