本と旅とそれから 死神の浮力/伊坂幸太郎

本と旅とそれから

死神の浮力/伊坂幸太郎

ここのところ、もはや続きを期待することはできないだろうと思っていた作品の続編が出版されるという喜びにずいぶん遭遇しています。
「家守綺譚」の続編の「冬虫夏草」、十二国シリーズの続編(それにしても、予告された本編の方の続編はいつ実現されるのかしら)、「タイタニア」第4巻(購入したものの、第1巻からちびりちびりと読み返しているため、まだ4巻目まで到達してません)、そして本書。

こちらも、昨年9月に図書館の予約を入れてからずーっと待っていた1冊。その間、電車でつり革につかまってふと前に座る人を見たらその人が本書を読んでいて、「いいなー、読み終わったら貸してって言いたいよ~」なんて思ったこともありました。
――死神・千葉に再び会うことができるとは、何と嬉しいことでしょうか!
「死神の浮力」

死神の浮力/伊坂幸太郎(文藝春秋)

・・・なのではありますが――読み終えての感想は、複雑といいますか・・・つかみどころがないといいますか・・・いえ、小説がつかみどころがないのじゃなく、それを読んで自分がどう感じているかが、我ながらよくわからないということなのです。

死神・千葉のキャラクターは引き続き大変魅力的に思えて好きですし、今回の千葉の「調査対象」山野辺とその妻・美樹も好きなので、問題は人物ではありません。


問題は状況設定。
あまりにも残酷。

ちなみに、本書は千葉という名の「死神」が主人公ですが、彼及び彼の同業者たちの仕事は、死ぬ予定の人間たちのひとりを「調査対象」として担当し、1週間の調査の後、死なせることが「可」か「見送り(つまり不可)」かを判定するというもの。
なお、彼らの担当する「死」は、病死と自殺を除く事故死と事件死のみです。

あ、ところで、以下ネタバレが多くなると思いますのでご注意を。

「良心を持たない男」に、幼いひとり娘を殺され、その復讐を果たそうとする夫婦という・・・あまりにも可哀想な山野辺夫妻の夫の方が、今回の千葉の調査対象なんです。ひどいー。
この「良心を持たない男」は本城っていう名なんですが、この本城が、もうとことんひどいヤツで。「良心を持たない男」とはまたの呼び名をサイコパスというわけですが・・・比較的最近読んだ別のサイコパスものは、貴志祐介さんの「悪の教典(感想文は►コチラ)」でしたが、いやー、あの小説の主人公のサイコパスと、ひどさではいい勝負だけど、何だか全然サイコパスとしての種類が違う気がします。
二人のサイコパスの吸ってる空気が全然違うからでしょうね、これは。

特に前半は、この本城が山野辺夫妻にどれほどひどい仕打ちをしたかが、山野辺本人の断片的な回想という形で語られるのですが、それがもう、あまりといえばあまりな。
千葉の存在がなかったら、つらすぎて読めなくなりそうな状況設定でした。

唐突に存在を主張してくる「邪悪」。
その目にたまたまとまってしまった人間に、理由もなくもたらされる悲劇。

というような話になるといつも思い出すのが映画「セブン」。
私は(幸い)TVでしか見たことがないんですけど。あの映画に描かれていた「邪悪」の凄まじさもとんでもないんですが、私がどうにもわからないのが、この映画を「私の大好きな映画」に挙げる人がとても多いこと。
「すごい映画」とか「傑作」とかいうならわかるんですが、「好き」とは?

実際、本書を読んでいる最中にも、アカデミー賞関連の話題からどこかのTV番組でやはり自分の一番好きな映画が「セブン」だと答えている人がいて、またつくづく不思議に思いました。
・・・演技力のある俳優さんがすごく嫌なヤツを演じるのを見ると、演じられた役に対してすごいマイナス感情を抱くと同時に俳優さんの演技力に称賛の念が湧くじゃないですか。役者さんが凄い、とその力量を称えるのはわかるんですけど、作品としての「セブン」を好きと言うのは、その嫌なヤツ(つまり役柄)を好きだというのと同じなんじゃないかと思うんだけどな・・・。
私はもう二度と「セブン」を見たくないのでした。とはいえ、二度と見なくても、忘れたくても忘れられない映画でもありますけどね。

前半は、その山野辺夫妻の置かれた状況のあまりの残酷さと、本城のあまりの邪悪さに凹みそうになったのですが、懸命に、「いや、千葉がいるじゃないか!本城がどれだけ邪悪な人間だろうと所詮は人間だ。千葉は何たって死神だぞ!」と自分に言い聞かせつつ読みました。
邪悪VS死神のパターンに持ち込もうとしたわけです。

といっても、千葉の調査対象は本城じゃなく、山野辺の方。さらに言えば、死神たちの調査結果は、特に何もない限り「可」になるものなんだそうです。
この辺の死神たちの様子って、まるで意欲の低下したサラリーマンみたいでして、死神業界全体の方針を決める「監査部」のいい加減ぶりも、「ちょっとちょっと」って感じです。
とにかく、であれば、山野辺は1週間後には死ぬことになっているわけで。それまでに何とか、愛娘の仇をうたせてやりたい、いや、そのうえで千葉よ、今回ばかりは「見送り」にしてもらえまいか、ついでにできることなら千葉よ、1年前に本城の犠牲になった山野辺の娘も、生き返らせたりしてくれないものか。

できるんじゃないの?伊坂作品は明るさが身上だよ(伊坂さんご本人は不本意だということだったかと思いますが)、ウソっぽい安易なハッピーエンドだって、この際いいよ、あたしゃ。
親子3人仲良く暮らしましたとさ、のラストにしてくれるんじゃ・・・。

本気でそう期待して読んでました、アタクシは。

途中で邪悪VS死神の構図もかなり出来上がったんですよね。本人たちの意図とは別のところで。
何しろ千葉は死神ですから。死にませんので。何をしても。怪我とかもしません、基本的に。味方についてくれればこれほど心強いものもない。意図的に味方についてはくれないというのが残念なんですが、意図的でなければ、結果として役に立ってくれることもあるのです。
圧巻はやはりあれですね、ママチャリこぎ。鼻先にニンジンをぶら下げられた馬がどれだけスーパーな走りを見せることか。本城の始末をつけてからでなくては、ゆっくり音楽を聴くことはできない、との認識を明確にした千葉がママチャリにまたがった時、ママチャリは高性能バイクと化すのであった。
――千葉が人間界で唯一にして強い執着を見せるのが、「ミュージック」なのでした。はは。

伊坂さんの淡々とした、あるいは飄々とした文体と、それがよくマッチする死神・千葉のキャラクター。しかし、それとはまったく対極にあるかのような、山野辺夫妻の置かれた地獄。その地獄をもたらしたサイコパス・本城。このふたつのあまりのミスマッチに、読んでいる私の感覚も、どっちに行ったらいいのかわからん、という状態でした。
その、ママチャリのシーンなんかはストレートに楽しめるんですが、それが過ぎてみればやはりそこには、愛娘を殺された夫婦がいるし、千葉はいつも通りの仕事ぶりなのでした。

まあね。
千葉は嫌いになれないでしょ。金城武さんですしねぇ(映画の感想は►コチラ)。映画を見たのももうずい分前になりますが、それでもやっぱり金城さんの千葉のイメージは消えません。
でも、もし本書が映画化されることになるなら、是非映画版では、小説と違うラストを見せて欲しいものです。


webcitron01.gif


My Favorite Books(お気に入りの本のブクログ)
BOOKS INDEX(作家別感想文一覧)

関連記事
tag: 伊坂幸太郎 
  1. 2014/02/28(金) 22:00:02|
  2. 2014
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0

トラックバック

トラックバック URL
http://lazymiki.blog110.fc2.com/tb.php/1688-66deb19a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

あの死神が再び、

小説「死神の浮力」を読みました。 著書は 伊坂 幸太郎 またまた伊坂作品です バケーションに続いてですね 今作はあの千葉さんが登場するシリーズでして 「死神の精度」も良かったですけど 今作は前作と違い、長編でして 少女殺しで逮捕されたが証拠不十分で一審で無...
  1. 2015/05/15(金) 08:13:50 |
  2. 笑う社会人の生活

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する