本と旅とそれから 海うそ/梨木香歩

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海うそ/梨木香歩

海うそ。これだけは確かに、昔のままに在った。かなうものなら、その「変わらなさ」にとりすがって、思うさま声を上げて泣きたい思いに駆られた。
(中略)
その同じ風に吹かれているうち、ここに到着したときに感じた、失うことへのいたたまれぬほどの哀惜の思いが、自分の内部で静かに変容していくのを、目の前のビーカーのなかで展開される化学変化を見るように感じられた。
 

久しぶりの梨木作品。
素晴らしい。美しい。読み終えたのがたまたま、快晴の秋の日だったのですが、ちょうどその日のきらきらと輝くような秋のそよ風のイメージが、この物語の雰囲気と重なりました。
「海うそ」

海うそ/梨木香歩(岩波書店)

海うそとは、蜃気楼のこと。
舞台は、南九州ほどの緯度にある遅島という島。物語の四分の三以上は、昭和ひとけたの頃、ここで展開します。

平家の落ち武者伝説があり、明治に入っての廃仏毀釈の傷跡が残り、霊峰の麓には得体の知れぬ気配が漂い・・・そして自然が豊かで、地元の人の言葉は訛りがきつくて意思疎通には通訳が必要です。


主人公は、学術研究のために島にやって来ました。そして島を歩いて多くのものを見聞し、感じ、島の人々と交流します。その経験は豊かで、そして彼と語らう人々は優しい。ただ、主人公はその少し前に、許嫁と両親を次々と失うという経験をしており、その心に深い悲しみを抱えてもいたのでした。

そして、戦争を経て50年の後に、主人公は再び遅島を訪れます。
リゾート開発の進む島。かつて語り合った人々はみな、年老いて、あるいは戦争で亡くなってもはやあの頃のことを語り合う相手はいない。あれもこれも無くなってしまった。残るものは自分の記憶の中にのみ。その、染み渡るような寂しさの中に、50年前にも見た蜃気楼・海うそが再び表れる――。

存在しないものを見せる幻である蜃気楼だけが、長い年月を経て変わらず存在する、そのたまらなさ。
ですが、冒頭に引用したように、やがて主人公(物語の最後には70代の老境に入っています)の心の中で、その哀惜の思いは、「静かな感慨となって自分の内部に折り畳まれていく」のでした。

昭和初期の物語は、ちょっと「冬虫夏草」(感想文は►コチラ)の主人公の山歩きの話と似た雰囲気に思えました。その部分だけでも、伝説とか歴史とか宗教といった人間の営みの豊かさと、地元の人をガイドに頼まなければ道を見つけることも難しいような自然の濃厚さが、読んでいて心を癒してくれるような思いでした。

そして、50年という歳月がもたらした――あるいは奪い去った多くのもの。

何百年という長い時間ではなくて、50年という、多くの人にとって実際に体験し得る長さの歳月なので、この喪失感が読み手の心にぐっと感じられます。
色即是空、空即是色という言葉が出てくるんだけど、般若心経に出てくるその意味を(辞書は見たものの)よくわかっていないので、その後の主人公の心の動きが追い切れなくて情けない。

ただ・・・あらためて思えば、たった50年ほどの歳月で、ひとつの島の文化がほとんど失われてしまうという、この儚さ。本当に、春の夜の夢のごとし。
時間って・・・ねえ。
なんかこう、心の深いところから盛大なため息をつきたくなるような、切なさといいますか・・・。それを静かに受け入れることができるような、達観といえるような境地に、いつか到達できるのでしょうか。

具体的な答えのようなものが提示されるわけではありませんが、でも、読んでいて心癒されるような、慰められるような、大きなものに抱擁されるような、そんな感覚を覚えました。


webcitron01.gif


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  1. 2014/10/19(日) 22:00:02|
  2. 2014
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