本と旅とそれから 羊と鋼の森/宮下奈都

本と旅とそれから

羊と鋼の森/宮下奈都

まずタイトルが素敵です。「羊と鋼の森」とは、ピアノのこと。ピアノの調律師となり、その音の森を彷徨いつつ道を見出そうとする青年の物語。
直木賞を取った作品のように思っていましたが、直木賞は候補どまりだったのですね。2016年に本屋大賞を受賞しています。
羊と鋼の森
羊と鋼の森/宮下奈都(文藝春秋)

ピアノという楽器には、ものすごく思い入れがあります。
一昨年、父が亡くなって仏壇を置くことになったとき、もう何年も弾かず、調律もしていなかったピアノを手放したのですが、弾いていなかったにもかかわらず、とても寂しい気持ちになったものです。
そのことで思い出すのは、最近読んだ「昨夜のカレー、明日のパン」(感想文は►コチラ)に語られていたこと。

あの物語では、ある青年が病気で亡くなった後、彼の妻と彼の父を中心に日々の様子が綴られていきます。その中に、その青年が乗っていた乗用車を処分するという話があります。車を譲られた親戚の若者が車を持って行ってしまった後、妻が、「こんなことを言うのはひどいようだが、彼(夫)が亡くなった時よりも今の方が寂しい」というようなことを言うと、父もすぐに同意した、というのですね。
あの件を読んだとき、ピアノを手放したときのことを思い出しました。

よく考えるとちょっと違うのですが、車とかピアノとか、サイズの大きい物って、それなりの存在感があるから、無くなるとちょっとした喪失感があるなぁ、と。

ま、それはともかく。

思い出しました。ずっと以前、まだ定期的にピアノ(もちろんん、うちのはアップライトでしたが)の調律を頼んでいた頃の、調律師さんが作業中に出す、いかにもプロフェッショナルな音。ピアノの先生や学校の音楽室にあったグランドピアノの蓋を開けると見える、まさに羊(=ハンマーについたフェルト)と鋼(=弦)の森のような様子。匂いとかもね、独特の、ピアノの匂いなんですよね。

ピアノという楽器は、大きいし、メンテナンスが大変だし、なかなかに所有するのが苦労なものですが、お手軽な楽器にはない風格のようなものがあります。大変だから、次に買うとしたら電子ピアノだな、とは思いますが、何となく、それが寂しいような気もします。

ピアノの音に、「華やか」とか「明るい」とか、違いがあるんだなんてことすら、実は本書を読むまで思いもしませんでした。大好きなマルタ・アルゲリッチさんの弾くピアノの音はキラキラと輝いて天駆ける軽やかさがあると思うけれど、それはピアニストのタッチの違いなんだと思ってました――いえ、そういう部分ももちろんあるのでしょうが、ピアノそのものの音もあるんですね。

物語には、主人公を取り巻く何人かの調律師が登場し、仕事に関する日々の会話の中で、音について、そしてどのような音を作るのか、といったことについて、様々に語ります。弾き手に合わせた音を作る(調律する)ことの是非、とか。力量のない弾き手に、過ぎた音を与えても弾きこなせないだろ、とかね。

「僕がピアノの中に見つけたのは、その感覚だ。ゆるされている、世界と調和している。それがどんなに素晴らしいことか、言葉では伝えきれないから、音で表せるようになりたい。」

主人公は、ピアノを弾けない、というか、学んだことがない人なのです。プロのピアニストを目指していたのが調律師に転向した、なんて人もいる中で、全然弾いたことがない。でもおそらく、ピアニストとピアノの距離と、調律師とピアノの距離って、方向のようなものは違っていても、結構似ているのかも知れません。
・・・って、何だか、これと近いことを以前何かの感想文で書いたことがあるような気がしますが――思い出せないんだけれど。

重さでいうと軽めの物語だったかも知れませんが、とても美しく、素敵でした。


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  1. 2017/07/12(水) 22:00:05|
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