本と旅とそれから 親鸞/吉川英治

本と旅とそれから

親鸞/吉川英治

五木寛之さんの「親鸞(感想文は►コチラ、►コチラ、►コチラ)」を読んだあとで、吉川英治さんにも「親鸞」があることを知り、そのうち読んでみたいと思っていて、時間がかかりましたが、ようやく読めました。

この二作品のほかにも、親鸞上人を描いた小説はいくつかあるのですね。読んでみたいです。

親鸞
親鸞1~3/吉川英治(講談社文庫)

吉川英治作品は、「宮本武蔵」、「三国志(感想文は►コチラ)」に続いて三作目。ほかの作品もどれも一大長編ばかりなのでなかなか手が出ませんが――。予想通り、五木・親鸞が人間・親鸞という感じで描かれていたのと違い、吉川・親鸞は伝説の偉人、現実離れした人物像に思われました。幼い頃から、誰の目にも「この人は違う」と映るような。きっとオーラが出てたんだろうな、と想像できるような。

五木さんの「親鸞」には、他力本願そのほか、親鸞が唱えた浄土真宗のものの考え方がかなり詳しく説明されていて、そのときは「なるほど」とわかったような気になるのですが、吉川「親鸞」にはそうした解説というか、親鸞がそうしたことを解説する場面というのはほとんどなくて、宗教的な教えを記すことは重要な要素ではないのだな、とわかります。

親鸞は日野一族の出身ですが、その母親の素性は諸説あるとか。つまりはっきりとはわからないので、そこにフィクションの余地が大いに生まれるわけですが、吉川「親鸞」では、親鸞は母方の血縁で、源義経の従兄弟、ということになっています。全体的な雰囲気も、ちょうど義経と同じくらい「伝説の人」という感じ。親鸞という人については、本人を確かに語る資料がほとんどないため、どう描いてもフィクションにならざるをえないらしいのですが、その同じ条件の下でも、描く人によって、その人物像はずい分違ったものになるのだなと――あたりまえのことでしょうが、思いました。

どちらが好みかといえば――そうですね、五木さんの「親鸞」を読んでいたときのような、途中で止められずにぐいぐい読む、という感覚は吉川作品にはありませんでした。もっとのんびりと、途中でしばらく読むのを止めて、そのうちまた始める、といったリズムでもまったく問題なし、といったふうでした。

ああでも、やっぱりまた思います。
親鸞は、質素に、ただひたすらに念仏を広めて人々を救いたいと思っていただけなのだろうに、その教えは彼の死後、段々と大げさなものになっていったのだな、と。親鸞がそれを見たら、果たして喜んだだろうか、と。そしてそれは、別に浄土真宗についてだけではなく、人間の世の多くの宗教についていえることなのだな、と。

苦しみ、救いを求める人が宗教にのめりこむ。だから、宗教が栄える世の中は、平和で穏やかな世の中ではなく、多くの人が苦しんでいる世の中なのでしょう。
神が人を創ったというけれど、実は人が神を創っている。
またそんな、冷めたことを思っています。


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