本と旅とそれから 愛なき世界/三浦しをん

本と旅とそれから

愛なき世界/三浦しをん

読み終えてから、画像検索しました、シロイヌナズナ。
ぺんぺん草に似てますね。実際、親戚みたいですね。

それにしても、この前に読んだ「ののはな通信(感想文は►コチラ)」もそうでしたが、比較的淡泊な物語なのに、かなりの長編で、しかもぐいぐい読ませてしまうというのは、やっぱり作家さんの筆力というものでしょうか。
愛なき世界

愛なき世界/三浦しをん(中央公論新社)

といっても本書は、ワタクシ一度借りなおしています。前回借りてきたときは読み始めであまり進まず、「あ、やっぱり面白い」と思い出したときには返却期限になってしまっていたのです。最初ちょっとゆっくりした展開だったので――というか、全編を通じて大きな物語のアップダウンはないんですよね。

物語の舞台はT大(東大)理学部の大学院。うひょー。

教授は松田さんというので、この大学院の松田研究室です。
で、ここが植物学の研究室で、ヒロイン・本村紗英は、松田教授指導の下、博士課程でシロイヌナズナの研究をしています。物語中ではずっと「本村(さん)」とのみ呼ばれるので、下の名前は、今、あちこちページをめくって見つけ出してきました。名字だけで呼ばれるヒロインというのは、いかにもラブストーリーらしからぬ、「愛なき世界」ならではです。

ちなみに、「愛なき世界」で敢えてヒロインの相手役と位置付けるならばそれは、大学近くの食堂「円服亭」のコック・藤丸陽太(彼もずっと「藤丸」です)。今どき「身分違い」なんて概念は存在が薄くなってきているかも知れませんが、やっぱりこの二人、結構隔たっているのじゃないかと思う私は、ものの考え方が前時代的なのかも知れません。

東大の博士課程などという、日本の学術界の最高峰に近いところに生きる人々が、この物語の中では本当に純粋で謙虚で素直です。
私などはどうも偏見といいますか、東大や京大の学生、どころかここでは「院生」なのですが、そうした人々は自分のエリートぶりを鼻にかけたいけ好かない人間が多いに違いない、とつい思ってしまうのですが――で、不幸にして実際そういう人間にこれまでかなり数多く遭遇してきているのですが――いるところにはちゃんといるのですね。素晴らしき人々が。

まあ、目下私が日本で一番ぐらいに好きな人は、山中伸弥先生だけれども。ノーベル賞受賞の連絡が来たとき、ご自宅で洗濯機の故障を直していた、ってそのエピソードだけでも好き。最近は高名になられてしまって、それに伴う研究以外の活動に時間を取られてしまっているようなのがお気の毒みたいですが。

ま、山中先生のことはともかく。

タイトル「愛なき世界」とは、動物と違って植物の世界は「愛なき世界」であり、その研究に没頭する本村さんもまた、愛だの恋だのに目を向けようという気が湧かず、ひたすらシロイヌナズナだけを見ている。なので、彼女に心を寄せる藤丸はフラれてばかり――ってことです。

小さな植物だけを見つめる毎日。地味で細かい作業を繰り返す毎日。どうして研究者という人々はそれに熱心に取り組めるのか。
それをテーマに、物語もまたちょっと地味な感じに、こつこつと展開していきます。

植物学という学問は、様々な理系学問分野の中でも、ビジネスとはかなり縁遠いところにあるのでしょう。まあ、遺伝子の研究でもあるので、まったく無縁ではないでしょうけれど。でも、研究者たちはビジネスのことなんて、少なくとも物語の中では、まったく考えていません。ただ好きだから。何かを見つけたとき、何かに気づいたときの喜びに心が震えるから。

そんな本村の姿を見て、藤丸は、そして本村自身も、これは決して「愛なき世界」というわけではないのだと思います。ただ、愛の対象が人間ではないだけなのだ、と。研究なのだ、と。

本村が、博士論文作成に向けての追い込みに入るあたりで物語は終わります。彼女はこのあとどうなるのかしら。博士号はたぶん頑張って取れるのだろうな。でもそのあとどうなるのかなぁ。何しろお金にならなそうな研究だから、企業の研究所ってわけには…。
ちょっと心配ではあります。

でも、こんなふうに、「知」の喜びだけを糧に生きているような純粋な人の物語も、読んでいて何だか嬉しい。三浦さんならではの、どこかすっとぼけたような口調も楽しい。
とてもほんわかする読後感でした。

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  1. 2019/06/09(日) 22:00:00|
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