本と旅とそれから 柿二つ/高浜虚子

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柿二つ/高浜虚子

彼の肉体はもう殆ど死んでいたのであった。死んだ肉体の中に火のような彼の精神はまだ生きよう生きようと藻掻いていた。
――正岡子規、壮絶。


柿二つ/高浜虚子(講談社文芸文庫)

高浜虚子といえば写実。
その写実の技をもって描き出される子規の最期は、淡々とした描写だというのに、読んでいて文字に押さえつけられるような重さを感じます。
広く知られているように、正岡子規は結核――正確には結核性脊髄炎――で早世します。
その時、子規はまだ35歳だったんですね。


今日でも結核で亡くなる人は多いようですが、明治の頃は完全な死病だったと聞きます。
しかも、子規のかかった種類の結核の症状はもう・・・虚子の筆が淡々と描写していくその様子は、ただただ「むごい」としか言えません。

決して治るまいと知りつつも、目の前の板塀のように立ちふさがる死を見つめながら、決して生きることへの執念を捨てない正岡子規。その姿に涙がこぼれます。

虚子は、決して感情的な表現を使ってはおらず、実際に誰かの言った言葉、そこにあった物、書かれた文章などを忠実に再現しています。
もちろん、心中こんなことを思った、という部分もあり、それは虚子の想像の産物ではあるのですが・・・。

醜いことも汚いことも描かれます。子規の姿は決して美化された薄幸の文人として描かれているわけではありません。体の自由が次第に失われ、まさに病床六尺に縛りつけられたような日々をおくらざるをえなくなっていく中で、我儘にも横柄にもなっていきます。

しかし、虚子も、その他の多くの歌人・俳人たちも、それでも子規庵から遠ざかろうとはしないのです。

それは、子規が最後の最後まで、自分の方から彼らに心を向けていたから。
自分の後継者になることを拒んだ虚子に落胆させられても、子規は決して虚子を見捨てない。虚子が句作をないがしろにして商売にうつつを抜かしても、辛抱強く諌めの手紙を送り続ける。

虚子はそんな子規の思いを息苦しいと思うのですが、その姿は、歳の離れた兄にどこか甘える弟のようなのでした。

子規が息を引き取った時、虚子と共にその最期を看取った子規の老母は、「升(のぼる=子規)は清(きよし=虚子)さんが一番好きであった。清さんには一番お世話になった」と言って泣き伏すのです。

昔の人は、同郷ということで、ここまで強く結びついたものなのですねぇ。

ああ、すごい本読んだ~・・・。
(てか、「え、高浜虚子って小説も書いてたんだ」とか言ってるようぢゃ望みないぞ、ワタシ。)


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